ラマナアシュラムへの扉 ●管理者amrita

amritaとラマナアシュラムと柳田先生

1996年12月、私が初めてラマナアシュラムへ行った時は、ラマナ到来100周年と誕生日を祝う祭、ジャヤンティが開催されている時でした。

.

インドはもちろん、世界中から人が訪れて、普段は静かなアシュラムが賑わっていました。

.

20年前、ラマナ・マハルシはインドと西洋精神世界には良く知られていた存在でしたが、日本では一部の範囲だけで知られているだけでした。

.

当時アシュラムに定住していた柳田ただし先生は日本に師を正しく伝えるべく、精力的に活動され、京都とアルナーチャラを行き来されていました。

.

1996年、私は柳田先生とアシュラムで出会いました。先生からラマナアシュラムの本の翻訳を勧められ、日本ラマナ協会の会報誌に連載することになりました。

.

当時の私は知らなかったのですが、柳田先生は翻訳をする後継者を探されていたそうです。

.

photo:ラマナ誕生祭の祭壇

.

ラマナマハリシの教え

amrita が始めて読んだマハリシの本です。
.
~彼らは、不思議を愛しており、真理を愛してはいないので…中略
あなたは結局は自己に帰ってゆかねばならない~
.
この一節が印象的でした。


.
.
.
.
.

賢者

マハリシとは、マハー=偉大な、リシ=賢者
偉大な賢者という意味です。
賢者、聖者は、本当の自分を知っている人たちへの敬称です。
どんなにたくさん知識がある学者であっても
世界を支配できる権力をもっていても、賢者や聖者にはなれません。
偉大な賢者、格好イイですね☆
.
.
.
.

私は誰か?

私は誰か?
「私」が消えた 私の輝き
私は在る=
存在・意識・至福
サット・チット・アーナンダ

*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
ヨガに至る最も直接的な道、
ジュニャーナ・ヨガ(智慧のヨガ)
教えはシンプルですが、難易度は高いと言われています。
「私」は、何何 で在る。
の何何の部分には、膨大な想いがあります。
日本人、女性、何歳という身体的
これが好きで、あれが嫌いなど感情的
繰り返し刻み続け潜在意識となった無意識に至るまで
全て「私」は何何 です。
それらの「私」という全ての想いを私=アートマンへ向かわせる訓練をします。
「 」が消えて、ヴェールに包まれていた、私=アートマンが輝くとき、
自分は、存在・意識・至福(サット・チット・アーナンダ)のブラフマンであると知ります。
私の心が私の心と戦う
私の心が私の心から逃げる
私の心が私の心を慰める
という堂々めぐりの心(精神世界)を越えて行くのが、智慧の道です。
.
.
.
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleプロフィールsidetitle

amrita

Author:amrita
南インド聖山アルナーチャラ。麓には賢者ラマナ・マハリシのアシュラムがあります。

全ての生き物が区別されず、自由に賢者と会うことができました。アシュラムに定住する人もいれば、時折訪れるだけの人、手紙を書く人もいました。
聖者の広間に座り、賢者と来訪者の会話を聞くことができました。座っているだけで心安らぎ、満たされることもあります。

このサイトは、アシュラムへ通じ、広間の光景が再現されています。

サイト管理者は、ラマナアシュラム発行の本を20年弱翻訳してきました。
その翻訳を通じてラマナ・マハリシと交流を続けています。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleQRコードsidetitle
QR