ラマナアシュラムへの扉 アシュラム生活◇1話 若い頃(1

アシュラム生活◇1話 若い頃(1

第一章.若い頃
私は1902年8月、(南インド)アンドラ・プラデーシュ州の小さな村で生まれました。父は私が4歳の時に亡くなり、母はその後を追って私が10歳の頃にこの世を去りました。一番上の兄は生まれつき病弱だったため、家族の面倒を見ることができませんでした。他に兄が二人いましたが、私の面倒を見てくれたのは、村で一緒に暮らしていた姉夫婦だけでした。

私は11歳になる前に結婚しました。神話で語られる女性たちのように、夫に献身的に尽くせば幸せになるだろうと思っていたのですが、夫は、結婚後わずか一年で天然痘にかかり突然この世を去りました。
そうして、私は一生涯未亡人となったのです。悲しみに打ちひしがれ、自分の不幸を嘆くばかりでした。誰が会いに来ても、ひどく泣いていました。こうして数ヶ月が過ぎていったのです。
 
月日が経つにつれ、私はこの世の過ごし方を学ぶようになりました。宗教的な講和、賛歌といった霊的なことに心引きつけられ、寝ても覚めても夢中になりました。苦しい日々の中で、どれほど私を助けてくれたことでしょう。家族は熱心な信仰を見て喜んでいました。
父、母、夫という家族の絆を若くして失った私には、祈りと瞑想を通じて神へ救いを求める他はないと思ったのです。迷いの世界(サムサーラ)に足を踏み入れる前に、未亡人であることを余儀なくされたので、私は不運な状況を精一杯好くするべきだと思いまました。
(訳注:当時インドでは未亡人の待遇は良くなく、剃髪して質素な衣服しか身につけることを許されなかった)
 

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amrita

Author:amrita
南インド聖山アルナーチャラ。麓には賢者ラマナ・マハリシのアシュラムがあります。

全ての生き物が区別されず、自由に賢者と会うことができました。アシュラムに定住する人もいれば、時折訪れるだけの人、手紙を書く人もいました。
聖者の広間に座り、賢者と来訪者の会話を聞くことができました。座っているだけで心安らぎ、満たされることもあります。

このサイトは、アシュラムへ通じ、広間の光景が再現されています。

サイト管理者は、ラマナアシュラム発行の本を20年弱翻訳してきました。
その翻訳を通じてラマナ・マハリシと交流を続けています。

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