ラマナアシュラムへの扉 アシュラム生活◇2話 若い頃(2

アシュラム生活◇2話 若い頃(2

このページでは、ラマナアシュラムに定住していた女性スリ・ナガンマの著書

 「アシュラムでの生活」を一部翻訳して紹介しています。

Ramanasramam発行 翻訳amrita

小学校さえ無い小さな村に生まれたので、読み書きは年長者から習うという教育方法しかありませんでした。

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やがて、私は母国語のテルグで宗教書を読むようになりました。中でも、よく読んだのは※ポタナの書いたバガヴァータムでした。
※ポタナPotana: (1450-1510) ヴィヤーサがサンスクリット語で書いた聖典、バガヴァータムをテルグ語に翻訳した

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ある日、私はその部分を繰り返し読み、切実に祈りました。「慈悲をもって誠実に教え導く霊的指導者(グル)に出会わせて下さい」と。
そのうちに泣き疲れて眠ってしまうと、夢の中で、賢者にダルシャンしました。

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その賢者は、高さ1メートルほどの台座に※ダクシナムルティの様に南を向いてモウナの印を結び、蓮華坐(パドマアーサナ)で座っていました。そして周囲に神聖なオーラを放っていたのです。
挨拶しようと立ち上がりかけたところで目が開き、その姿は消えました。部屋の中を見回しましたが、誰もいません。私はがっくりと肩を落としました。

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※ダクシナムルティ:古代の霊的な教師、シヴァ神の化身)

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それは1913年のことでした。それ以来、私はその光景を心に焼き付け、生きている間に理想の賢者に奉仕することができるよう神に祈ったものでした。


片時もそれを忘れはしませんでしたが、誰に話すこともありませんでした。私は姉と一緒にその後4年程村で暮らしました。他者への奉仕は神への奉仕と信じ、家事手伝いをしながら、機会があるごとに宗教的な話を聞きました。

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amrita

Author:amrita
南インド聖山アルナーチャラ。麓には賢者ラマナ・マハリシのアシュラムがあります。

全ての生き物が区別されず、自由に賢者と会うことができました。アシュラムに定住する人もいれば、時折訪れるだけの人、手紙を書く人もいました。
聖者の広間に座り、賢者と来訪者の会話を聞くことができました。座っているだけで心安らぎ、満たされることもあります。

このサイトは、アシュラムへ通じ、広間の光景が再現されています。

サイト管理者は、ラマナアシュラム発行の本を20年弱翻訳してきました。
その翻訳を通じてラマナ・マハリシと交流を続けています。

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