ラマナアシュラムへの扉 アシュラム生活◇5話 若い頃(5

アシュラム生活◇5話 若い頃(5

「アシュラムでの生活」著書について紹介

※T.ヴェンガマンバの晩年も理想的でした。彼女は私と同じように、幼い頃から未亡人だったと言われています。彼女はジュニャーニ(智慧のヨガを実践する人)の中でも最高の位置にいました。彼女の知恵の深さに励まされました。

※ヴェンガマンバ:1730~1817年。

アーンドラ州の女性バクティ詩人



世俗の願望を取り除くためには、相応しい指導者(グル)が必要なことを知っていたので、熱心に探し回りました。探し続けていると、幸運なことに有名な詩人のS.G.I.デヴィに出会いました。私は彼女から詩の書き方とこの世の正しい見方を学ぶことができたのです。

やがて、私は108つの詩からなる、マナサ・サタカムというタイトルの本を書きました。



1923年、私が面倒を見ていた病弱の長男が亡くなりました。これで、私は家族への責任という束縛から解放されたと思いました。長く過ごしてきた家庭の雰囲気の中に、それ以上いつづけたいとは思いませんでした。

偉大な魂が示す解放への道を知りたい、という願いはますます激しくなるばかりでした。精神世界の中で有名な人たちのことは聞いてはいましたが、夢で見た覚者(シダプルシャ)のような特質を持つ人がいなかったので、師として受け入れようと思える人はいませんでした。

地元のカーナカ・ドゥルガ寺院へ行っては、本当の師に出会えるよう願いを叶えてくださいと、女神に祈ったものでした。108つの詩、マナサ・サタカムをその女神に捧げました。本の中には、師を探し求めて書いた詩がたくさんあります。



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amrita

Author:amrita
南インド聖山アルナーチャラ。麓には賢者ラマナ・マハリシのアシュラムがあります。

全ての生き物が区別されず、自由に賢者と会うことができました。アシュラムに定住する人もいれば、時折訪れるだけの人、手紙を書く人もいました。
聖者の広間に座り、賢者と来訪者の会話を聞くことができました。座っているだけで心安らぎ、満たされることもあります。

このサイトは、アシュラムへ通じ、広間の光景が再現されています。

サイト管理者は、ラマナアシュラム発行の本を20年弱翻訳してきました。
その翻訳を通じてラマナ・マハリシと交流を続けています。

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