ラマナアシュラムへの扉 アシュラム生活◇8話 若い頃(8

アシュラム生活◇8話 若い頃(8

「アシュラムでの生活」著書紹介
覚者(シッダプルシャ)を探し出し、霊的な道を歩む指導を得たいという願いは満たされないまま、焼けるような想いは日ごと強くなるばかりでした。

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願いが叶うようにと、どんなに神に祈ったものでしょう。当時兄のD.S.シャストリはインド・セントラル銀行に勤務していました。
1941年、その兄がアーメダバードへ転勤することになりました。次の勤務地へ行く前に、彼は1ヶ月の休暇をとって、夫婦で南部へ巡礼に出かけました。

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巡礼の途中、兄はティルヴァンナーマライに立ち寄り、バガヴァーン・シュリ・ラマナ・マハリシにダルシャンする幸運に恵まれたのです。
更に幸いなことに、ナガンマがアシュラムへ行けば大きな恩恵を受けるだろう、という思いが兄の心にうかびました。

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ちょうどD.スブマという親戚の女性がアシュラムに滞在していました。彼女は2、3ヶ月前に夫を亡くし、心の安らぎを得ようとアシュラムで過ごしていたところだったのです。

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兄は、彼女が助けてくれるだろうと思い、家に帰るとすぐにラマナアシュラムへ行くようにという手紙を送ってきました。
私が一人で行けるだろうかと心配していると、神が助けてくださるだろう、と言って私の恐怖をふり払ってくれました。

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ついに、ヴィジャヤワダにいる兄が、ティルヴァンナーマライ行きの切符を購入して、私を送り出してくれました。
 

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amrita

Author:amrita
南インド聖山アルナーチャラ。麓には賢者ラマナ・マハリシのアシュラムがあります。

全ての生き物が区別されず、自由に賢者と会うことができました。アシュラムに定住する人もいれば、時折訪れるだけの人、手紙を書く人もいました。
聖者の広間に座り、賢者と来訪者の会話を聞くことができました。座っているだけで心安らぎ、満たされることもあります。

このサイトは、アシュラムへ通じ、広間の光景が再現されています。

サイト管理者は、ラマナアシュラム発行の本を20年弱翻訳してきました。
その翻訳を通じてラマナ・マハリシと交流を続けています。

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