ラマナアシュラムへの扉 アシュラム生活◇16話 ラマナの恩寵(2

アシュラム生活◇16話 ラマナの恩寵(2

このページでは、ラマナアシュラムに定住していた女性スリ・ナガンマの著書「アシュラムでの生活」を一部翻訳して紹介しています。

Ramanasramam発行 翻訳amrita



荷車がアシュラムの門を通りすぎてから、私はすぐに涙をぬぐい、辺りを見渡しました。
どこを見てもそこにはバガヴァーンの鮮やかな姿だけがありました。
目を閉じても、姿は瞼(まぶた)に残っていました。
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間もなく、荷車はアルナーチャラ寺院の近くを通りました。
寺院の塔を見あげると、バガヴァーンはそこにもおられ、塔に向かって挨拶をしました。

荷車は駅に到着し、私は汽車に乗りました。
窓際の席に座り、アルナーチャラの丘の方をじっと見つめました。汽車は出発し、それからは、どこを見ようとも心に映るのはバガヴァーンの印象だけでした。
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窓から客車の方に視線を移してみても、そこに見えるのはバガヴァーンでした。ラマナはどこまでも旅を共にしているようでした。
彼の姿がどんなに強く私の心に焼き付いたことでしょう!
それはグルの恩寵なのです。
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隣席の女性に、どこから来たのかと尋ねられ、ラマナアシュラムから来たと答えました。
「そうですか。あなたの振る舞いからそれが分かります。」と女性は言いました。
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故郷で家事手伝いをしながらも、心は絶えずバガヴァーンの蓮華の足元にありました。私の変化に気づいた家族は、うわの空でいる理由を尋ねました。何もないと答えたのですが、気がおかしくなっているのではないかと疑われました。
 
そうこうしている間に、義理の姉が男の子を出産しました。兄夫婦が私に、子供の名前を尋ねた時、ラマナ意外に考えられないと言いました。
その子はラマナ・シャルマと名づけられました。
私の役目は終わりアシュラムへ戻るけれど、必要ならいつでも帰ってきますと家族に言いました。
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そして1941年11月、私はアシュラムでの永住に必要なもの全てを持って、光の祭典(ディーパム)の時期までにアルナーチャラへたどり着きました。
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amrita

Author:amrita
南インド聖山アルナーチャラ。麓には賢者ラマナ・マハリシのアシュラムがあります。

全ての生き物が区別されず、自由に賢者と会うことができました。アシュラムに定住する人もいれば、時折訪れるだけの人、手紙を書く人もいました。
聖者の広間に座り、賢者と来訪者の会話を聞くことができました。座っているだけで心安らぎ、満たされることもあります。

このサイトは、アシュラムへ通じ、広間の光景が再現されています。

サイト管理者は、ラマナアシュラム発行の本を20年弱翻訳してきました。
その翻訳を通じてラマナ・マハリシと交流を続けています。

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