ラマナアシュラムへの扉 アシュラム生活◇22話猿の奉仕

アシュラム生活◇22話猿の奉仕

師の恩寵を受けた後、喜び称えて歌う詩を自然に書き始めました。
11月、ディーパム(光の祭)の時、私は5つの詩を書いてバガヴァンの前に置きました。
バガヴァンは言われました。
「たった一人でここに住み、この詩を書くのだ。大したものだ。人々の性質はそれぞれの※サムスカーラに応じて現れるのだ。彼女のサムスカーラはこうなのだ。」
※サムスカーラ:過去からの心の印象、傾向
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2,3日後、私は「祈り」というタイトルで4つの詩を書き、バガヴァンの前に置きました。
それを見て、バガヴァンは微笑みながらこう言われました。
「これは祈りとして書かれた4つの詩だ。二番目の詩が面白い。
.
※私が丘から降りてここに定住してから、私に奉仕する猿がいなくなったそうだ。
.
それで、『猿である私の心を奉仕として受け入れてはいかがでしょう?この猿は物質を追いかけさ迷います。くくりつけるか、罰を科して見張っていれば、あなたに奉仕するでしょう』それが意味だ。

シャンカラがこれに近い意味の詩を書ている。『おー、シャンカラ!汝は乞食(ビクシュ)なり。猿として知られる心を杖(訳注:出家行者の持ち物)にくくりつけ、食を乞いに出てはどうか?そうすれば、豊富に施しを得るだろう』
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※訳注:1916年~1922年までアルナーチャラのスカンダ・アシュラムで過ごした後、丘を降りて麓にある現在のアシュラムがある所に住むようになった。スカンダ・アシュラム周辺には当時たくさんの猿がいた。
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amrita

Author:amrita
南インド聖山アルナーチャラ。麓には賢者ラマナ・マハリシのアシュラムがあります。

全ての生き物が区別されず、自由に賢者と会うことができました。アシュラムに定住する人もいれば、時折訪れるだけの人、手紙を書く人もいました。
聖者の広間に座り、賢者と来訪者の会話を聞くことができました。座っているだけで心安らぎ、満たされることもあります。

このサイトは、アシュラムへ通じ、広間の光景が再現されています。

サイト管理者は、ラマナアシュラム発行の本を20年弱翻訳してきました。
その翻訳を通じてラマナ・マハリシと交流を続けています。

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